=古伊万里ミニ知識U=
昨日の○定団、またしても古伊万里が出てきましたね〜。
明治の品でしたがきれいな杯洗でしたね。杯洗に限ってはそれを使う習慣が幕末頃から始まったので、品物の盛期ってものが明治にかかってしまうのかもしれませんね。
大皿、230万でしたね〜。直径1メートルくらいあるのでしょうか?(笑)
 さて、1月29日の古伊万里日記の件が気になって、13代柿右衛門についてU店より情報を仕入れてきました。
U店のご主人の話によると、人間国宝13代本人が作った物であれば、20万とか30万とかのそれなりの値段がつくそうです。
また、13代当時の柿右衛門窯で作られた窯物と言うことであれば、やはり私が思っていた通りだそうです。
その見分け方は、本人が作った物には窯印(銘)が無いそうです。銘に「十三代柿右衛門」とある物は13代自身が書いた物ではなくて、柿右衛門窯による大量生産ということです。(ただし、この話は今一つ確信が持てませんので、ご異論のある方は教えてくださいね。)
しかし、ここで気をつけなければならないのは、柿右衛門窯以外で作られた無銘の柿右衛門様式の品を、箱を作って「十三代柿右衛門」との箱書きをして売っている輩がいるとか、、、。
やはりここでも、信頼の置ける店での購入と言うことになってくるのでしょうね。
変なところで、掘り出し物だ〜!なんて購入して、放り出し物にならないようにね。

東日本のある骨董店のご主人の話によると、西日本と東日本とでは商品の傾向が違うそうです。
何が違うかといえば先ずお客さんの傷に対する捕らえ方が違うそうです。
東日本のお客さんは、少々傷があってもその品全体を評価して「いい物はいい。」と捉えてくれるのだが、西日本のお客さんは傷があると、ハナから二級品と捕らえて、相手にしない、あるいは大きな値切りの対象としてしまうそうです。

皆さんご自身はどちらだと思われますか?

私はどっちでしょうかね?
このHPを読み返してみると、確かに傷物は嫌がっていますね。それでも、「美術館クラスの品ともなれば、傷がどうこう言っている場合ではありません。」との下りも書いていますし、過去の掲示板でのミーコさんへの返事では、「自分で直して自分で使うのであれば素晴らしい事だ。」との書き込みをしていましたね。
これらの事を総合的に判断してみると、一貫性の無い中途半端な人間って事ですね。小市民ゆえゴメン。

  
掲示板等で贋物問題がいろいろ出ています。
そこで、解りやすい一例と気をつける事を私なりに書いてみましたので、参考にして下さいね。

下の左の画像は茎田さんのページより借りてきた本歌の初期伊万里油壷の画像です。
初期伊万里らしいのびのびとした筆使いで、生き生きとした菖蒲が書かれています。
その右の画像は私が東寺ではまった時の贋猪口です。
おそらくこの贋猪口は、この油壷と同じ題材の物を写したと思われます。
一見よく似ていますが、よく見ると一本一本の線に於ける筆の勢いと力強さがぜんぜん違う事が確認いただけると思います。
また、どちらも上手な絵とは言えませんが、本歌の「のびのびとした自由で奔放な絵」と贋の「さささっと書いた下手な絵」との違いもよく分かっていただけると思います。
この筆使いは、裏の銘についても同じ事が言えると思います。例えばいかに上手に渦福を写したとしても勢いと力強さの点からなんとなく本歌とは違って見えると思います。
皿の裏に書かれている、唐草文についても同様だと思います。

また、ここまで言うと難しくなるかもしれませんが、呉須の違いもよく分かると思います。
本歌の天然呉須と、贋の人工呉須の違いです。
本歌の天然呉須には、天然故の不純物が混ざっていて、それが結果的に奥行きと言ういい味を出しているように思えます。一方の贋の方の人工呉須はきれい過ぎてどこも同じ色調で、深みが感じられ無いですね。

この、「筆使い」「呉須の色調」が、真贋判定の大部分を占めていると言っても過言ではないでしょう。
更に、「土味」「器型」「高台の作り」「釉味」「時代汚れ」など、本歌の物を見て覚えておけば、鬼に金棒でしょう。
そして、その自分が身に付けたデータに基づいて金額、損得、周りの雰囲気などにとらわれる事無く「疑わしきは罰する!」の精神で目の前の品に挑めば、初心者の月謝は限りなく少なくなると思います。


最近読んだ文献によると、陶磁器は新しいか古いかだけでは、本物か贋物かってことは言えないとか。
その新しい物に仁清だの乾山だのとの、銘を入れることによって、贋物っていう物が生じるとか。
という事は、骨董市でよく見かける新物は、贋物ではないのでしょうか?

そこでこの疑問について、相互リンクをしていただいている、プロの唐津焼の陶芸家鶴田さんにご意見を伺ってみました。
● 写しとは勉強のためとか習得のために行うものでしょうが贋作は、時代付けをして古く見せかける行為だと私は思います。
この「時代付け」が肝心だと思います。
焼き物は特に、昔のものとまったく変わらないようには焼き上がるものではありません。それを時代付けし化けさせるのです。
余談ですが、図録に載っている物でも怪しいのが沢山あるようです。
写しは、我々はよくやります。
特にお茶道具となると、昔のものが本歌といいそれが中心的な考えで、それをいかに写すかが作家の技量の試されるところのように言います。(昔のものと寸分たがわずは無理ですけどね)
私が作ったものでも何処かで古唐津といって出回っていることは
なきしもあらずではないでしょうか?

プロの有田焼の陶芸家にもお伺いしてみましたが、こちらは本人の意向により、内容を私の言葉に代えてお伝えさせていただきます。
●1610年ごろから約400年間、有田の陶工たちは、ひたすら写してきました。
先人の作品を、どのようにすれば同じような物が出来るかを考えながら写してみる。血のにじむような努力を積み重ねて繰り返し繰り返し真似てみる。そうして出来上がった同じような物(写し)には、ほんの少しだけその人らしさが出てくる。それが個性であり、伝統に少しずつ新しい生命が吹を込むという事であり、それこそが本当の意味での写しである。という事だそうです。
現代の有田焼作家も、初めから個性があるのではなく、伝統的な文様に自らの感性を加味しながら新しいものを創って行く事から、個性を生み出しているそうです。
また、その現代の陶芸家達によって作られた作品にはすべてオリジナルの銘がはいっています。
そういう意味では、贋作と写しは創り手には関係なく売り側の問題だと思われる。との事です。

●となると、真面目に作られている人たちにとっては、自分たちの手を離れた売り手側に問題があると言うことですね。私も同感です。
不真面目にひと儲けをたくらんでいる人の意見も聞いてみたいですけど、難しいでしょうね。
同じ店に通い続けていると、長い間売れ残っている商品があると思いますが、お店の人もいいかげん見飽きて早く現金化したいのかそんな品は思っていたよりも安くなる事があるようです。自分が長い間狙っていて思いもよらず安く買えるとうれしいですよね。
ところがお店の人も考えていて、あまり長い間店に並べていろいろな人に目垢をつけられ続けては困るし、更には上記のような品物ばかりを狙って買い物をするお客さんもいるとかで、ある程度の期間を過ぎると奥に引っ込めてしまうそうです。そして、あまり目垢を着けずにそのような品を求めてきたお客さんの前だけに出してくるそうです。
売れ残りの商品ばかりを、「安かった。」だけで買っていく人。それはそれでお得な買い物の仕方なのでしょうが、どんな物でしょうかね〜?その品たくさん目垢が着いていますよ。
またU店では、そんな「投売り売れ残り商品」ばかりを目当てに来るお客には絶対に店頭に並べる前の新着商品は見せないそうです。お店の人もその辺りのけじめはしっかり付けてくれているそうです。
さて夕べ10月10日の「○でも鑑定団」素人目利き大会古伊万里偏でしたね。
このページの読者の多くには「あんな簡単な鑑定私が出てても10万円頂けてたわ!」と思っていらっしゃる方も私を含めて多くいらっしゃると思いますね。
ご覧になっていない方に簡単に説明すると、5枚の時代の異なる尺二寸くらいの大皿の中で、どの皿が250万円するかを、5人の自称素人目利きが当てて正解者には10万円プレゼントするというコーナーでした。
少し詳しく書きますと、
品名 時代 taimeiの予想 ○島先生の正解
蛸唐草大皿 宝暦頃 50万 100万
ベロ藍印判大皿 明治 2万 3万
隅切り角大皿 文化文政頃 20万 40万
花唐草大皿 元禄頃 250万 250万
線描き大皿 幕末頃 20万 20万

蛸唐草の大皿は中央が少し変わった感じでしたが、標準の松竹梅の物であれば4,50万ってとこでしょうかね。
ベロ藍印判は図柄ははっきり記憶に残っていませんが、このくらいのものでしょうね。
隅切り角皿の値段はよく分かりませんが、このくらいかなと思いましたが、半分でしたね。
花唐草大皿は盛期伊万里の見事な逸品でした。
線描きは幕末によく有る手で花の絵などが書かれていたでしょうかね。20万もしないかもしれませんね。

この花唐草の大皿が250万円するかしないかは別として、夕飯時の家族の前でしたり顔の( ̄^ ̄)どうだ!知ったかぶりtaimeiが居たことは言うまでも無い!家族の中での威厳を保つ為にもいいコーナーでした。
でも、少しヤラセ臭い部分も否めません。
司会の二人が当てられませんでした。アレほど何年も古伊万里に関わっている二人、特に幅広いアンティークの知識を持っている○坂浩二さんが当てられなかったと言うのが腑に落ちません。
次回は本物の古伊万里の目利きを呼んで贋作を間に挟んでみると言うのも面白いかもしれませんね。
「しょんべん」について。
知ったかぶり管理人、このHP上で「しょんべん」なる言葉をよく使って来ましたが、私の認識では「店に入ってきて、商品を買わずに便所だけ借りてしょんべんをして帰るような客」の意味で使ってきました。
ところが以前ある読者の方から、「私が勉強したところによると、店にケチをつけたり、平気で返品したりするあまり歓迎されない客の事ではないのでしょうか?」とのお問い合わせがありました。
また、昨日の掲示板にも同様の意味ではないかとのご指摘がありました。
この両者似てはいますが、意味合いがぜんぜん違いますよね。
下の意味合いでは、私taimeiしょんべん上手と言ったのを、撤回せねばなりません。私冷やかしはしても、店にケチをつけたり、平気で返品はしません。

うろ覚えのこの言葉は上方落語の一節からです。
ちょっと間の抜けた丁稚に店番を任せて出かける雑貨屋の御主人が、「しょんべんする客には、気をつけろよ。」と言い残して出かけて、その丁稚が、ステテコを買いに来たお客に「そのステテコ、しょんべんできまへん!」と言ってお客をビックリさせた。
なんてのがありまして、これに上記の二つを当てはめてみると、どちらでも意味は成り立ちます。
さて、どうなんでしょうね?どちらが本当の意味なんでしょうね?
落語に登場しているのですから骨董業界の、専門用語ではなさそうですね。

でも今の所、読者の方からのご指摘のほうが正しそうですね。\(__ )
京都の話W
これは京都だけに関わらず全国的にそうだと思いますが、古美術界は朝が遅いですね。
とは言えども、この世の中で目覚めと共に古伊万里を求める○○は私とこのページをご覧のあなたくらいかもしれませんがそれでも遅すぎます。
早いお店で10時開店ですね。
先日の京都二日目、その10時が待ちきれませんでした。

旅先です。当然朝は早くから目が覚めます。
温泉旅館ならばゆっくり朝風呂に朝食となるのでしょうが、安ビジネスホテルですのでそうもいきません。
9時前にはそそくさとそこを出て、一路新門前へ!
途中吉野家へ寄っただけですので9時過ぎには着きます。
店の前に鹿が倒れているといけないので早起きだと言う話しは奈良ですが、おそらく京都のお店もそれに近いものがあるのでは?との勝手な希望と共に着いた新門前は「めっちゃさっぶ〜〜〜うぅ!」でした。
然らば先に「何秘館」へ、、、ここも10時開店。
「お!3軒となりに骨董屋が、、、。」ここも10時開店。
そんな古伊万里バカの為に「八坂神社」「知恩院」が有るのでしょうか?
朝の散策、気持ちが良かったです。はやる気持ちを抑えるのに持って来いでした。
京都骨董旅行をお考えの皆さん。新門前の前に「八坂神社」「円山公園」「知恩院」です。もっと早く目が覚めて居ても立ってもいられないと言う進行の進んだ古伊万里○○方は更に「清水寺」へもどうぞ。

そして更にワンポイントアドバイスです。
10時開店ですが10時に店の前に水を撒き出すお店が多いです。とてもじゃ無いがその柄杓の水をかいくぐって冷やかしに入れる雰囲気ではありません。
11時過ぎてからの方がいいと思います。   つづく。

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