| それからは、葛藤の日々だった。 せっかく買ったのに箱に入れたままで何になるんや!いや、絶対無二の一品故、私の代で壊すわけにはいかない!箱の中で大事にするべきや!、、、迷いに迷ったある日遂に決断した。 毎日箱から出したり入れたりする事こそヤバイやんか、ましてや酔っ払って、それにこの皿は幾多の天災、人災を潜り抜けて三百年生き延びた非常に生命力の強い皿や、まだまだここ四,五十年くらいは大丈夫だろうとの、変な屁理屈と共に遂に日の目を見ることとなった。 ただし裸ではヤバイ、何かケースがいる、そうだ!倉庫に使ってない水屋が有ったはずだ。それを綺麗に洗って、朱色のペンキを塗って立派なショーケースの出来上がり。これでようやく毎日安心して藍柿第一号クンを眺めることができるようになったわけだ。 |
| それから四ヶ月間、目の前にほかの藍柿が現れることは無かった。しかし、度胸がついたのか、開き直ったのか、焦り過ぎていたのか、かっぱぎ癖がついてしまった。 次の藍柿に出会うまでに古伊万里を七点も買ってしまった。買ってしまったことに対しての後悔は無いが、今になってみて浮いてきた品が何点かあることは事実だ。その反面思い切って買ってよかったなと思う品もある。その辺りは実際に金を出して買って、我が家に収めて何日、何ヶ月、何年と経ってみないと見えてこないものだと思う。それを失敗だとは、決して思いたくない、といえば負け惜しみに聞こ えるだろうか?コレクターの先輩方はどのように思い、また、どのように対処されているのかお聞きしたいものだ。 その七点の中に、 「網目杯洗」がある、これは当たりだったと思う。小ボツがあるものの、それ以来こんな綺麗な網目模様の杯洗には、出会ったことが無い。 「花唐草窓絵松竹梅火入」も、自慢の一品だ。 反して、「瑠璃割山椒向付」は、あまり欲しくて買ったものではなかったので、今では小物入れになってしまっている。やはり、当たり前のようだがそのとき本当に欲しいものを買うべきだと思う。 |
| もういいかげん藍柿に出合いたいと、痺れを切らしたある日、私の田舎では唯一の高級店を自負しているY店を覗いてみることにした。 この店以前宝暦頃のなんでも無い膾皿一客を二万円で(普通は数千円です)買ってしまったすっきりしない思い出があったのだが、今度こそは何かいいものがあるに違いないとの卑しいコレクター魂のほうが勝ってしまって、何事も無かったかのような顔をして玄関をくぐった。 「藍柿なら今こんなものがあります。」と、やはり奥から出してきたのは五客組みの猪口だった。上に七宝文、下半分が蛸唐草のそれはすっきりとした見事なものだった。ひとつ気になったの は、蛸の吸盤?が角張っているのだ。こんな蛸唐草見たことがない。こんな蛸唐草も結構有るものなのだろうか?その辺りを、ご主人に聞いてみたかったのだが、その自身たっぷりの客足らいに圧倒されてしまい、有無を言うこともできずに購入の運びとなってしまった。その間わずか数分だったように思う。 品物、値段共に文句は無かったのだが、多くの骨董マニアがそうであるように、お店の主人とのやり取りとか、いい意味での駆け引きとかを楽しむのも、店を訪れる上に置いての楽しみのひとつだと思うが、この店にはそれが無い。まるで自動販売機で物を買ってしまったような気分になって、やはりすっきりしない気分が残ってしまった。それ以来その店には行ってない。 |
| その後、U店、N店共に、しょんべん(この言葉は全国共通なのだろうか?冷やかしだけで何も買わないこと。)の日々が続き、欠くなる上はこの手しかないと取ったのは、禁じ手の上(東京)よりの通信販売だった。 前章と矛盾しているが、一度都会の有名店にはどんな品があるのか見てみたかったし、私の田舎から東京まで往復するとなると、五万円はかかると思う。この小市民は、五万円使うのであれば、旅費に使うよりも頭金に使ったほうが賢いと考えた。 そこで古伊万里の本でみつけたS店に電話をしてみると快く写真を送ってくれた。それも膨大な数の、、、。 あるところにはあるものだと暫くはあきれ返っていたが、やがてこれどうしたものかと考え始め、取りあえずはどれか注文しなければと思うものの、一点くらいの買い物では申し訳ないという気持ちと、田舎コレクターの見栄と欲で、後先考えずに四点買いという暴挙に出てしまったのだ。金も無いのに。 それでもその四点が欲しかった。どの図録に載せても恥ずかしくないようなその四点が。一括では到底買えないので、プライドを捨てて、金が出来次第一点ずつという変則分割をお願いしたら、何とかOKしてくれた。 その4点についての、写真と説明を。
割高感のするものも有れば、お買い得なものも有ったりでその店との付き合いがチャラになるのかもしれない。 何が何でも安く買いたいという人を時々見かけるが、気持ちはわかるが、私はここと決めた店とは綺麗で長い付き合いができたら良いなと思う。 |
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そうこうしてる内に、縁あって初めての藍九谷(初期伊万里と、藍柿の間に一時代を築いた作風)との出会いがあった。![]() というのが、前の月の出張の折仕事の合間にというか、無理やり合間を作って、古伊万里を求めて某市内中をうろうろ、そのうちの一軒名前はG店、その時はあまり欲しいものも無かったので、(それでもそこではじめて柿右衛門の白磁濁手を見せてもらって勉強になったし、なんと百万円の初期も手に取らせもらった。)そのまま帰ったのだが、後に写真を送ってくれたのが、左の品です。 藍九谷のことは、その当時は、あまり良く分からなかったのだが、御主人の強い薦めと、間違いなくいい品だとの自分自身の確信に基づいて、我が家に収まった。この一品は今も藍柿たちに囲まれながら彼らとは違った輝きを放っている。 藍九谷と藍柿の区別の難しい中間辺りの時代のものを、ダミが多いから藍九谷、線が細かいから藍柿、更にどちらでもないから古伊万里、などと区別する方もあるが、それはどうかと私は思う。藍九谷は紛れも無く藍九谷であって欲しいと思う。その後もなかなかこれほど藍九谷らしい藍九谷には出会っていない。 |
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| 柴田コレクションとの出会いが合った。 U店の主人、一枚の皿といっしょに図録を見せてくれた。「竹垣棕櫚図」です。この本に載っているのと同じです。」とばかりに。その皿も見事だったが、それよりもその図録に気を引かれた。その皿も分けてもらったが、その図録が何としても欲しかった。 早速九州陶磁文化館にTELして、五巻すべて(今は七巻まで出ている)送ってもらった。これによって古伊万里の知識が大幅に広がった。特に二巻は凄いボリュームで圧倒された。 |
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