=古伊万里ちょっとだけ=
 そもそもこの趣味の始まりはある暑い夏の日だった。社用を終えたホテルの隣の催し物会場でたまたまやっていた骨董祭に、暑さしのぎに入ったのが良かったのか悪かったのか、、、? 
骨董などには全く興味無かったのだが、たまたま目にとまった屋久杉の飾り棚に一目ぼれしてしまい、其処の親父の見事なまでの口車に乗せられて、、、これを世間では衝動買いというのだろう。
 
 さて、それを、取りあえずはリビングに置いてみたものの何も飾るものが無い。そうこうしてる間に子供達が、筆箱やらノートやらぬいぐるみやらを入れだした、ちょっとそれは違うんじゃないかなと思いつつも許せる範囲内だったので目をつぶっていたら、やが てかくれんぼに使い出し、挙句の果てには上によじ登ってジャンプ台代わりにして遊び出したからたまった物ではない。
 
 かくして飾り棚は、ぶつぶつ言うかみさんと二人で、「いっせーのーでー」とばかりに、安住の地である唯一の和室6畳間(その当時我が家の和室は、入るものの無い開かずの間だった。)に収まることとなった。

 和室に収まったものの何も飾るものが無い、みやげ物の酒徳利ではどうかと並べてみたもののどうもしっくりこない、さてどうしたものか?
 そうだ!骨董祭で買ったのだから骨董品を飾るのがBESTだろう。との安易な思いつきから早速次の休日骨董店を覗いてみることにした。
 電話帳で、ターゲットの店を調べ場所も確認してその店の前までは来た。
 
さて、なんと言って入ったらいいものか?答えが思い浮かばない内に戸を開けたものだから、思わず出た言葉が「古備前ありますか?」だった。なぜ古備前だったのかは今でも分からない。
「うちの店は、古伊万里が専門なので古備前は扱っておりません。」との返事に残念そうな顔を作って「そうですか、イマリはちょっと良く分かりませんわ。」などと古備前コレクターが聞いたら吹出しそうなやり取りで始まった。
 
われを失った状態のままで中に入り、その店の白地に青の器群に圧倒されつつも目を引く一品を見逃さなかった。足つきどんぶりだ。その見たことの無い器型に思わずこれは凄いお宝に違いないと思った。それが欲しいと思いつつも、古備前が欲しいと言った手前と、何といって切り出したらいいのか分からないのが入り混じって、、、そうこうしているうちに店内を一回りしてしまい、ひきつった愛想笑いで店を出てしまった。  
 
あの足つきどんぶりが欲しかったのに、あーどうしたものか?
 (尚、この店を今後N店と呼ばせてもらうことにする。)
 次の休みまでの一週間あの足つきどんぶりと、自分の嫌な性格が気になって仕方なかった。

 花に蝶文杯洗よし!まず、変なプライドを捨てよう、そしてあの足つきどんぶりをなんとしてでも手に入れよう。そう意を決して待ちに待った次の休日、真っ白いハートの私は素直に聞いてみた、「これは何ですか?」「ハイセンです。」、、、「敗戦?」8月の半ば過ぎ、とっさに浮かんだのはこの言葉だった。「サカズキをアラウ器ですよ。」、「サカズキアラウ」=「杯洗」、、、なるほど。時代は幕末との事、そのほかいろいろ教えてくれたが、念願の杯洗を手に入れた喜びで上の空だった。

 早速その杯洗を飾り棚のど真ん中に飾ってみると、これがじつに良い!大きさといい、高さといい、文句なしだった。かくして古伊万里第一号は、すったもんだの末我が家に収まったのだった。

 その日の夕方和室の障子の上のほうに鍵が付いた。この素晴らしい世界を誰に邪魔させるものか!誰も入れさせはしない。増してやこの飾り棚をジャンプ台に使おうとしたあの三匹の忌まわしき子羊などは、、、。
 その杯洗クンは、出勤前と帰宅後の私に、今まで味わったことの無い夢のような時間と空間を与え続けてくれたのだが、彼が力尽きたのか、卑しいコレクターの性なのか、次第に飾り棚の隣の空間が気になりだした。気になりだしたとたん杯洗クンの、パートナーが欲しくて仕方なくなってしまった。

 そう安いものでもないのでと、慰めに買った(その当時は、かなり自分を抑えることができたらしい)古伊万里の本で俄か知識を詰め込み、後は財布のGOサインを待つだけという辛い日々が暫く続いた。         

 パチンコはやめた、ゴルフは月イチにした、夜のクラブ活動も極力控えた、「付き合い悪うなったなぁー」との悪友の声にもひたすら耐えた。
 それでも杯洗クンのパートナーが欲しかった。
 ついに財布のGOサインが出た日、かねてより見つけておいた新しい店に飛び込んだ。

 その店はちょっと暗い感じのするいかにも骨董屋サンという言葉が似合う店で、いろいろな物を扱っていて、古伊万里はさほど多くは無かったが、新米コレクターを満足させるには十分だった。
 
中でも目を引いたのが湯飲みの底に、プチチョコを三つくっ付けたような器だった。これが欲しい。こんな時はまずその商品を誉めるべきだと勉強していた私は思わず誉めた。「これカッコイイですね。」、、、あまりこの世界では使うことの無い誉め言葉にその器は喜び勇んで杯洗クンの隣に居座ることとなった。

 帰りがけに教わったのだが、その器は「向付け」(むこうづけ)と言うらしい、お膳の向こうに置くから「向付け」、そのままやないか!
 (尚、この店を今後U店と呼ばせてもらう。)
 もっともっと古伊万里の知識が欲しくて本屋に立ち寄ることがやたらと増えた。

 かなりの数の古伊万里関係の本を立ち読みし尽くしたある日、そうだ!とばかりに図書館へ言ってみることにした。が、それが古伊万里人生を大きく変えることとなってしまった。      

 そこで見たある本が良かったのか悪かったのか、その名も《盛期伊万里の美》延宝、元禄頃のそれはもう見事としか言いようのない古伊万里がいっぱい、これだこれだ、こんなのが欲しい。(そりゃ誰だって欲しいに決まってる、なにせ古伊万里の頂点、美術館クラスの品ばかりだもの。)        

 無知というのは怖いもので、早速その本を借りてN店に持っていき「こんな伊万里ありますか?」とやってしまった。勿論(ごめんなさい)、そこにあるはずもなく、次にU店に持っていったがやはりない。それどころかそこのご主人その本に見入ってしまうありさまだった。

 こういう上手のものは、田舎にはないんだと、肩を落として帰った、、、それでもやっぱり欲しい!
 そのころ白抜き蛸唐草松竹梅文皿の私には、大きく分けて二種類の伊万里があるように思えた。

 ひとつは太筆でささっと書いたもの、もうひとつはそれ以来求め続けている藍柿(藍柿右衛門)を原点とした細かく丁寧に書いたもの、探せば探すほど後者の少ないことに気が付いた。
 
 幕末頃のものにでも丁寧に書いているものがあり、慰めにというかごまかしにというか、妥協して買ってみたりはしたけれど、どうも納得がいかない、さてどうしたら良いものか?盛期〜に載っていたのは無理としても何とかそれに近いものがどうしても欲しい。

 とりあえず五弁花(皿の中央に梅の花を抽象化した、古伊万里の典型的なシンボルマーク)を丁寧に書いているものを探してみることにした。(これは今でも私の商品判断の大きな基準のひとつだ。)ところが、それさえ見つからない、やはり東京とか大阪へ行かないと無理なのかなあと、あきらめ掛けていたある夜、救いの神からの電話があった。
 「かなり良いものが入りました。一度見に来て下さい。」とはU店のご主人だ。

 こんな時は夜中でも飛んで行かなければいけないのが数寄者の宿命だとは知っていたが、いざ目の前にチャンスが来たのにいろいろためらってしまった。まず現金が無い、いきなり品物も見ずに「いくらですか?」もないだろうし、今飛んでいって、もし気に入らなかったら断りにくいし、、、頭の中がめぐる、めぐる。「次の休みに、寄せてもらいます。」そう答えるのが精一杯だった。あえて「取り置きしていてください。」の言葉は使えなかった。

 それでも念願の藍柿が我が家にやってくるかもしれない、飾り棚の中に入るかもしれない、そう想像しただけで胸がキュンとなる、嫁さんとの恋愛時代に勝るとも劣らないワクワクの数日後、さあいよいよ今日はお見合いの日だ朝早くから目がさめてしまったのを覚えている。 

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